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その音色をどう表現すればいいのでしょうか。
妙なる旋律が醸し出す「美妙色声」の法悦の世界。
どこかで耳にしたような懐かしさがあります。
大原はいつ訪れても心に響いてくる懐かしさと優しさに包まれています。
三千院は古くから声明の里とされてきました。
声明とはインドのバラモン僧が一般教養として修得すべき五つの実践的な学問「五明」のひとつとされていたものです。
仏教の儀式音楽の意味合いはなく、広く音韻学とされていたものを三蔵法師たちによって漢訳され、「声明」という言葉が出来たのです。
日本では飛鳥朝から平安初期に漢訳された仏教文化をそのまま消化吸収してきましたが、慈覚大師が十年に及ぶ中国留学で、五台山や唐の都で盛んに行われていた仏教儀式音楽(五会念仏)を比叡山延暦寺に伝え、大原の地に根付かせたものです。
三千院を中心とする一帯を「魚山」と言うのは、魏の陳思王曹植(曹植ともいう)が、ある日、魚山(山東省東阿県)に遊んだとき、空中から響く梵天の声に妙音を感じ、たちまちに唄讃を作ったとの故事に因んで名付けられたと伝えられています。
慈覚大師は招来した多くの声明曲を五曲(長音供養文、独行懺法、梵網戒品、引声念仏、長音九条錫杖)に分け、それぞれを弟子に伝えました。
その五曲は、承徳元年(一〇九七年)、聖応大師(良忍)によって大原で体系的に整理され、集大成されました。
中国魚山にちなんで魚山声明と言われるようになったのです |
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